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地下鉄サリン事件から20年が経ちました。

 

 

あの日、私は虎ノ門駅のそばの出版社に勤めていました。
虎ノ門と地下鉄サリン事件のターゲットとなった霞ヶ関は歩いて数分。
まさにこの時間帯に出勤していた私は、事件を知って、体が震えました。

 

 

しかし、もっと恐ろしいのは、オウム真理教の教祖麻原が、
70トンものサリンを東京上空から撒こうと計画したことです。
(70トンは当時の全人類を抹殺できる量)

 

新聞のスクープによって計画は中断されましたが、
もし実行されていたら、私たちの命はもちろんのこと、
この国は大きく変わっていたはずです。
その前年の6月には、松本サリン事件が起きています。

事件当初、犯人であるかのように報道された河野義行さんは、
じつはご夫婦共々被害者で、奥様は意識不明の状態のまま、
事件から14年後に亡くなられました。

 

私は、その数カ月後に雑誌の取材で河野さんを訪ね、
松本サリン事件が起きた現場に立ちました。

 

 

松本城からそう遠くない閑静な住宅地に、河野さんのお宅はありました。
魚やザリガニが死んでいたといわれる池もそのままです。

 

こんなに静かなところで、教団となんの関係もない多くの人々が犠牲になった。。。
その事実に、私は言葉を失いかけました。

 

 

奥様に旅立たれた河野さんは、たんたんと当時を振り返り、
奥様への思いも静かに話されました。
また、実行犯の一人であった元信者が服役後に謝罪に来たことを機に
友人となり、渓流釣りに行くことなども話してくれました。

 

 

河野さんは、一人一人の断罪よりも、
あの教団がなぜ国家転覆を謀ったのか、
真相を知りたいと話されました。

 

 

ところが裁判は、各犯行者への個別事件として立件され、
ものすごい数の公判を開きながら、真相は明らかになっていません。
麻原に至っては、一審公判257回だそうです。
河野さんと同じ思いを抱いてきたのが、
林泰男死刑囚の国選弁護人として裁判に関わってきた中島尚志先生です。

 

中島先生は、若い頃から宗教に興味を抱き、
大学では印度哲学を専攻されています。
その後、判事となり、地下鉄サリン事件をきっかけに職を辞し、
大学で教鞭を執りながら、宗教面から事件を追い始めます。

 

新刊『オウムはなぜ消滅しないのか』は、
宗教団体による無差別テロがなぜ起きたのか、
あのような事件があってなお、入信者が増えているのはなぜなのか、
オウム真理教の宗教教義や修行方法に注目して書かれた本です。

 

「このような地味な作品が、どの程度の人々に受け入れられるか、まったく未知数である」
とは、著者の弁です。

 

しかし、「真相」の一角に踏み込んだ作品には違いありません。

 

裁判では明らかにはならなかったけれども、
意識のある人々によって、「真相」は追究され続けるべきもの、
これがオウムによるテロ事件だと思います。
(良本和惠)

中島尚志著『オウムはなぜ消滅しないのか』詳しくはこちらをご覧ください。

オウムはなぜ消滅しないのか(中島尚志著)