世の中には、「これを書くために生まれてきた」という方がいるように思います。

このたび発刊した『オウムはなぜ消滅しないのか』の著者・中島尚志先生は
まさにそういう方です。

 

法律家と宗教家、二足のわらじ

 

中島尚志先生は元判事で、82歳の今でも現役の弁護士。
地下鉄サリン事件の実行犯で、「殺人マシーン」と言われた林泰男死刑囚の裁判では、
1審と2審で国選弁護人を務められました。

 

法律家である一方、宗教学者としての顔も持っておられ、
私が先生の連載の担当をはじめた2003年頃は林被告の裁判の真っ最中でしたが、
大学で宗教学を教えながら、法廷に通っておられました。

 

なぜ法律家が宗教学者に?

 

本書のプロローグでは、先生自身、
仏教の勉強を続けるために裁判官になったと告白されています。

 

東大の大学院では、印度哲学科に進み、
玉城康四郎先生ほか著名な仏教学者に学びましたが、
学者の道に進まずに、生活の基盤をほかの職業で支えながら
自由に思索を重ねる方向に進まれたのです。

その職業が裁判官。

 

「裁判官という職業は、自分の正義感情を比較的バランスよく舵取りできる。
その上、日常生活の不規則さが少ない。
やや不純な動機だが、この程度の選択は許されるだろう。
こうして裁判官生活を続けながら仏教の勉強を続けることになった。」

 

その成果は、『空海』『親鸞』『日蓮論』『道元』といった著書に結実しています。

一方、「自由・平等・平和」といった観点から法についての問題意識も持ち続けられ、
現行憲法の問題点等についても発言し、
「新潮45」では数ページにわたって巻頭論文を書かれるなどしています。
もちろん裁判官を続けながら。

 

人生を根底から問う出来事、地下鉄サリン事件

 

そんな先生の人生を根底から問うような出来事が起こります。
20年前の地下鉄サリン事件です。

 

先生はオウム真理教の信者でもそのシンパでもありませんが、
オウム真理教が誕生した頃、ある数学者から教祖麻原の著著が送られてきたのをきっかけに、
教団に興味を覚え、その動向に注目していました。

初期のオウム真理教には、日本の仏教とは明らかに違う、優れた点があったからです。

 

ところが、地下鉄サリン事件以降、オウム教団が起こした事件が次々と明るみになり、
衝撃を受けた先生は、定年まで数年というときに、
あっさりと裁判官をやめてしまいます。
(こそっと伺ったところでは、定年まで勤め上げたのとでは
退職金の額が話にならないほど違っていたそうです)

 

弁護士登録をし、大学教授となった先生の元に、林泰男の国選弁護の話が持ちかけられます。
逃亡していた林が逮捕されたからです。
退官してわずか1年あまり、あのまま裁判官を続けていれば
国選弁護人になるなどありえなかったことです。

 

こうして先生は、自らの問題意識、
オウム真理教はなぜテロに走り、若者はなぜオウムに引かれていったのかを
事件の内側から追究していくことになるのです。

 

若者たちはなぜオウム真理教に引かれ、テロに走ったのか

 

本書には、先生が実際に尋問した実行犯たちの印象や、
「殺人マシーン」と言われた林泰男の実像が詳しく述べられていて、
マスコミが喧伝したイメージと実像のギャップに、「なぜ」がいっそう深まっていきます。

 

そして本書の真骨頂は、やはり宗教的観点からの分析です。
オウム関連本は、作家、ジャーナリストなど多くの物書きが本に残していますが、
教義や経典について分析したものはほとんどありません。

 

麻原が巧みに利用した殺人容認の経典は、実際にインド後期仏教に存在したこと、
それは今でも否定されていないことなどをあげながら、
先生は、その経典そのものの問題点を指摘します。

 

さらに、先生の問題意識は、オウム事件が起きた背景として、
物質至上主義、欲望を喚起してやまない日本の戦後、さらに、
若者の求める心に手を差しのべられない日本の仏教界の現状にまで言及するのです。

 

本書は最初の原稿から大幅に加筆修正をしながら出来上がっていきました。
82歳となった先生にとって、本書の執筆は負担の大きいものでした。

 

先生はこの本を書くために生まれてきたのだ。

 

これは、編集者として私が自分自身に言い聞かせた呪文だったのかも知れません。

(良本和惠)