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blog | 2022.03.29

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く①反響

『ママがいい!』は親への勲章

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長 松居 和(まつい・かず)

松居和さん写真

「エンゼルプラン」や「子育て安心プラン」といった美しい言葉を使って、いまや国も自治体も「子どもを産んだら保育園に預けよ」といわんばかりです。そんな風潮の中、これに待ったを掛けるかのように『ママがいい!』を出版された松居和さんに、本書に込めた思いを聞きました。

 

生け贄(いけにえ)になる覚悟で


──このたび上梓された本は、保育園に預けられるときに幼児が訴える言葉「ママがいい!」がタイトルになっています。これそのものが強烈なメッセージですね。

 

 最初、このタイトルを出版社に見せられたとき、正直、私を生け贄にするのかと思いましたよ(笑)。私も保育の普及によって進む意識の変化について話したり、書いたりして35年です。これを言うことでどういう反応や批判が来るか想像がつきますからね。

 

 でも、数日考えて思ったんです。そろそろ、生け贄になってもいいんじゃないか。これだけ言い続けても子どもたちが追い込まれていく状況はますますひどくなっている。これは子どもたちの声なんだ。保育界の現状を考えれば、この声に真面目に向き合わなくてはいけない。これで行くべきなんだと、少し遅れた「直感」のようなものがありました。この言葉が子育ての原点にある。この本の主張は、子どもの「ママがいい!」という叫びを、まずは、みんなで正面から受け容れようということですから。

 

 保育所保育指針や子どもの権利条約にも書いてある、「子どもの最善の利益を優先する」と。これは人類が与えられた幸福への誓いなんです。


──反響はどうでしたか?

 

 意外と大丈夫だった(笑)。賛同する人のほうが多かった。

 タイトルだけ見て、「パパはどうなんだ!」みたいな変な平等論も少し聞こえましたが、読んだ人はそういう次元の話ではないとすぐにわかる。どうすれば子育てによってパパを真っ当な人間にするか、方法がたくさん書いてありますからね。

 

子どもの幸せを一番に考えてきた園長たちの心の叫び

 

──保育界の反応はどうでしたか?

 

 「タイトルを見て、涙が出てきました」と言ってきた保育園長がいました。抑えていたんでしょうね。子どもの幸せを一番に考える園長は結構いるんです。昔は、ほとんどそうだったんです。

 

 保育園の園長にとって、「ママがいい」という言葉は嬉しくないはず、と思う人もいるかもしれません。でも私の知る園長先生たちはそういうレベルの人たちではない。先ほども言いましが、私は、こういう話を始めて長いんです。本もこれで7冊目。最初は欧米社会で起こっている異常なほどの家庭崩壊について話し始めたのですが、実際に子どもと過ごしている年配の園長先生たちに教えられ、鍛えられました。

 

 あの人たちから教わったこと、あの人たちの思いなんです、私がいま書いていることは。あの年代の女性は、子どもたちを見つめる目が独特で、祖母のように心配しているんです。

砂場

 
 いま、政策によって本来の保育がどんどん壊され、保育士たちのジレンマや苦しみは限界まで来ています。子どもたちの願いと「1億総活躍」などという雇用労働施策との間で板挟みになった現場のジレンマがこの本には詰め込まれています。ですから、読んだ年配の保育士たちのほとんどが頷く。よく、書いてくれました、と言うんです。

 

──祖母のように心配している

 歳をとってくると人間はいろいろ気づくんですね。

 

利他の心を引き出す“幼児”という存在

 

 私が1人で公園に座っていれば、変なおじさん。でも、2歳児と一緒に座っていれば「いいおじさん」。横に座っているだけで、2歳児は私を相対性の中で「いい」存在にする。不思議でしょう、すごい人たちでしょう? 信じてもらって頼りにしてもらっている相手が絶対に1人では生きられない人だからこそ、余計にそれが嬉しいことだと思えるんですね。こういう仕組みには感謝しなくてはいけない、と思ったんです。

幼児


 私もいろいろな仕事をしてきて、思いもかけない地位に就いたり、さまざまな体験もした。でも、それよりも散歩しながら2歳児にぎゅっと手を握られたりすると、その瞬間、自分の価値が非常に高まっていることに気づく。親心と、祖父母心の違いのようなものも見えてくる。

 

そろそろ欲から離れて、もっと本当のいい人間になりたがっている人たちの前に、生きているだけで人間をいい人にする人たちが現れる。それが孫なんだろうなぁ、とか考える。

 

「おじいちゃん、おばあちゃんは、甘やかすからダメ。甘いものあげるからダメ」という人がいます。でもそれは人間がもう残り時間があまりないことに気づいて、「いい人間」になろうとしていることで、これは人類にとって大切なことではないだろうか、と思うわけです。

 

──いまは、祖父母が孫と過ごす時間が決定的に減っていますね。

 一緒に住んでいないということもありますが、欧米では、半数近くの子どもが未婚の母から生まれて4割が18歳までに親の離婚を体験する。父方の祖父母が孫が生まれたことさえ知らない、どこにいるか知らないケースがたぶん相当数あるのではないか。これは大変なことだぞ、と思いました。「祖父母心」が実は大切な鍵を握っていたんではないか、とさえ思えるんです。

 

人類が大量にこれを手放すことは、後々取り返しのつかない事態を生む気がしてならない。自浄作用が働かなくなって、それは学問や教育、資格で補えるものでは絶対にない。

 

 インドの貧しい村に住んでみると、わかるのですが、そこには専業主婦なんていう言葉さえ存在しない。夫婦はみんな共働き、何千年にもわたってそうです。そして、祖父母という、一番子育てに向いている一番忍耐力のある利他の道に踏み込んだ人たちが、子どもが労働力になるまで世話をする、可愛がる。一心に子どもを可愛がる、人生はそれだけでちゃんと回っていく。そして、5歳にもなれば子どもは楽しそうに、戦力となる。まずは、子守をします。一家という運命共同体、最も確かな善循環の一員に、嬉しそうになっているんです。

 

幸せの真ん中にある「親への勲章」

 

──親たちの反応はどうでしたか?

 

 保育園に子どもを預けている親には、このタイトルを見て、背を向けたくなる人もいるでしょう。私の同志のような行政の友人がいて、彼女は母親にひどい目に遭った人なんですが、タイトルを見たとき苦しかったと言ってました。でも、読んでもらえれば、きっと共感できるはず。

 

 なるべく多くの親たちが、どういう思いで「いい保育士」たちが今まで子育てをしてきたか、その気持ちを知って心を合わせていく、それだけで保育士たちはずいぶん楽になるし、子どもの「育ち方」は変わってきます。子育ては、周りの人たちがどう心を一つにするかが本来の目的なのですから。

 

保育園読み聞かせ

 

 何度も「泣きました」との感想もいただいています。子どもの「ママがいい」という叫びは、幸せの真ん中にある、実は親への勲章なんです。

 

 私がこの本で提案しているのは、仕事で自己実現したいとか、夢と言いながら実は「欲」といった経済活動への誘いとは次元が違う、もっと根源的な、人生にとって一番大切で公平なことの存在についてであって、ぶつかりようがないのです。

 

 人生は生まれた時から不平等だらけです。競争に向いている人もいればそうでない人もいる。運のいい人もいれば、そうでない人もいる。でも、「いい親になりたいと思うこと」では公平です。これほど公平で平等な権利はないんだ、ということに気づいてほしい。子どもを授からなかった人にも、ちゃんとそれは与えられている。そして、いい親とは「いい親になりたい」と思う親のことであって、心持ちの問題です。子どもがどう育つかという結果とは関係がないことに気づいてほしいのです。

 

保育の質の低下は、虐待にまで

 

 政府はいままでずっと、「待機児童をなくせ」「もっと預かれ」という方向で保育政策を進めていきました。フルタイムで働いている親の子どもだけではなく、規制緩和して1日2、3時間しか働かない親の子どもも11時間預りますと言って、どんどん預かっている。そういう乱暴なことを専門家と政治家たちが現場に相談せずにやるから、保育士不足が一気に深刻化したのです。身勝手な労働施策に対応するだけの保育士が育っていない。

 

 募集しても、倍率が出ない。保育に不適切と思える人でも資格さえ持っていれば雇わざるを得ない状況になっている。資格を持っていれば保育ができる、と考える政治家や学者たちは、一度やってみるといい。1人で20人の3歳児を8時間、笑顔で世話できる人はそんなにはいない。私にはできません。

 保育は人柄が問われるのです。そして、そのことに関して子ども達は容赦しません。
 人柄で保育士を選べない。これは致命的です。

 

 よく、「保育の質とは何ですか?」と訊かれるのですが、私は「その日の担当保育士の当たり外れです」と答えます。その保育の質がどんどん低下している。究極が、保育士による幼児への虐待です。

(つづく)

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く②悲しき虐待の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く➂保育者の資質の記事は、こちらから>>>

松居 和(まつい・かず)

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長

慶應義塾大学哲学科からカリフォルニア大学(UCLA)民族芸術科に編入、卒業。尺八奏者としてジョージ・ルーカス制作の作品やスピルバーグ監督の作品など50本以上のアメリカ映画に参加。アメリカにおける学校教育の危機、家庭崩壊の現状を報告したビデオ「今、アメリカで」を制作。帰国後は短期大学保育科講師、埼玉県教育委員委員長をつとめる。「先進国社会における家庭崩壊」「保育者の役割」に関する講演を保育・教育関係者、父母対象に行い、欧米の後を追う日本の状況に警鐘を鳴らしている。

 

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松居 和 著『ママがいい! 母子分離に拍車を掛ける保育政策のゆくえ』
定価 1,650円(本体1,500円+税)
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著者からのメッセージ
「神田神保町の三省堂本店で、保育の専門書に囲まれた『ママがいい!』を見つけました。象徴的で、健気な感じがします。こんな風に置いてくれた店員さん、ありがとうございます。読んでくれたのでしょうか。『ママがいい!』という言葉に惹かれて、ソッとこの場所に置いてくれたのでしょうか。
書店の書棚から『ママがいい!』が消えてしまわないように、拡散、推薦、よろしくお願いいたします。」

ママ三省堂


この記事の作成者:良本和惠(よしもと・かずえ)
書籍編集者。1986年人文社会系の出版社で書籍編集者としてスタート。ビジネス系出版社で書籍部門編集長、雑誌系出版社で月刊誌副編集長をへて独立。2013年夫と共に株式会社グッドブックスを立ち上げる。趣味は草花や樹木を眺めること。