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blog | 2022.04.06

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く②悲しき虐待

いま、保育園で起きていること~保育の質の低下が行きつく果て~

楽家・作家・元埼玉県教育委員長 松居 和(まつい・かず)

 

おもちゃ

 

「待機児童をなくせ」の政策のうらで保育士不足となり、保育の質の低下、果ては保育士による幼児への虐待を招いてしまっている保育園が少なくないといいます。今回は、その実態について聞きました。

 

親が飛び上がって驚くような風景が繰り返されている

 

 ──保育士による虐待とは、具体的にどんな行為を指しますか?

 

 子ども、特に1歳児2歳児くらいを叩く、怒鳴る、引きずる。時間どおりに給食を食べなかった罰として、冬にテラスで食べさせる。口に詰め込む。親だったら、飛び上がって驚くような風景のことです。これがあちこちで起きています。

 

 3歳以上の子だったら、そんなことをされれば親に言えるかもしれない。でも、未満児は言えない。だからこそ、この人たちには細心の注意を払わなければいけない。みんなで守らなければいけない。それは社会という仕組みの成り立ちの出発点であるはずです。

 

 28年前に『保母の園児虐待──ママ たすけて!』という本がすでに出ています。常にこの問題はありました。それが異常に増えているのです。本にも引用しましたが、実は報道もされています。

1歳児


 かつて私は、保育実習に行った、九州の大学、関西の専門学校、関東の大学の学生たちに、「実習先で保育士による虐待を見ましたか」と問いかけたことがあります。

 すると、じつに半数の学生が「見た」と答えたんです。ドキッとしました。

そこで知り合いの園長先生たちと相談を重ねて始めたのが、親の「一日保育士体験」だったんです。

 

 1日1人、100人やれば年に100日、親の目が入る。親たちにもいい体験になります。波風立てずに、保育士による虐待を止めるにはこれしかない、と思ったんです。

いつでも親に見せられる保育をする、これは最低限の原則です。いくつかの園で試してみたら、いい事がいっぱいあったのです。

 

 学生が実習先の園で、あってはならない風景を見るなら、保育実習など絶対に受け入れない保育園ではもっと起きているはずです。だから自治体はしっかり調査や監査しなければならないのです。

 

 ところが最近、これまで年に一度あった保育園の現地調査さえ、その義務が規制緩和されることになりました。役人の数が足りないという理屈もあるでしょう。でも、子どもの安全を考えたらそんなのはまったく言い訳になりません。足りなければ増やせばいいんです。リニア新幹線などやめてしまえばいいんです。

 

 でも、保育士不足の中で、しかも強引に市場原理化された仕組みで、いま抜き打ちで現地調査をしたら、パンドラの箱が開いてしまうからできないのです。子どもの最善の利益を優先したら、抜き打ちの現地調査は不可欠なのですが、それをやったら待機児童が増えるからできない。このままいったら、学校教育がもっと追い詰められてきます。保育界から連鎖して、いい先生を揃えられなくなってくる。共倒れになる。

 

幼児をだく大人


「保育園を考える親の会」代表の普光院亜紀さんが、こんなことをしたら最後のとりでがなくなってしまうと主張されています。その発言が報道もされています。元々は待機児童をなくせという運動をやってきた方ですが、保育の質がどんどん下がってきている現状を見て、最近は、これで本当にいいのかという主張をしておられます。

 

 私は、子どもたち、特に3歳までの子どもたちの願いを優先すれば人間社会は調和できるという視点ですが、普光院さんは「親の会」です。もっとプラクティカルな次元で考えておられます。

 

 政府の規制緩和は、保育士はパートでつないでもかまわないとか、ここ数年ひどすぎる。そのたびに親の立場から真っ当な反論をされ警告を発しています。あれだけ有名な人です。政府は施策を決めるときに、いや決める前に、彼女の意見にだけは真摯に耳を傾けるべきです。専門家の集まる審議会に入れるなんていうのはやった振り、言い訳に過ぎない。彼女の意見をうかがい、必ず受け止める。その姿勢がなければ意味がない。

 

社会の秩序が壊れていく前兆

 

──保育士による虐待が子どもの心にどういうふうな影響を与えるのか、心配です。

 

 園での風景に耐えられなくなって辞めていく保育士が増えているのです。たとえ虐待を受けなくても、弱者が粗雑に扱われる風景をたくさんの子どもたちが見て育っている、ということで、ここが怖い。子どもたちのいじめの問題や不登校という選択の多くに、幼児期の体験が影響していると思うのです。

 

 将来、もっと悲惨な犯罪につながったり、自死の増加につながるのかもしれない。はっきり見えないのです。でも、さんざん言われてきたことですが、3歳ぐらいまでの体験は脳の発達や思考形態に影響を及ぼす。この本の中にも、これだけすでに報道されているではないか、ということを、NHKの報道番組などを例にあげて書きました。

松居和さん写真


──園長や主任さんは、それを止めることができないのですか?

 

 ある大学に講演に行ったとき、「あそこの保育園に実習に行ったら保育士になるが気なくなるよ」と先輩から言われている園が3つあると学生から言われました。それらの保育園は、一見真っ当に見える園です。園長は、当然そういうことが行われていることを知っています。それが保育だと思っていたり、しつけだと思っている人たちもいる。

 

一番問題なのは、良くないとわかっていても、保育士不足で、辞められたら困るので、注意できない。これはもう保育士個人の資質の問題というより、完全な「政策の失敗」なのです。

 

 腹が立つのは、そこに実習生を送り出している教育機関の教授たち、保育の専門家たちがそうした現状を知っていること。学生たちが現場のレポートで書いているはずですし、一言、「どうだった?」と尋ねればわかります。

 

 なぜそれを放置しているのか。問題提起をすれば、実習生を受け容れてくれなくなるからです。自分たちの資格ビジネスを成り立たせるには沈黙しているしかない。犠牲者は幼児たちなのです。そして、それを親たちが知らない。

 

 仕組みが善循環になっていないんです。すでに破綻している。この人たちが自己保全のためによく使うのが個人情報保護法です。個人情報保護法なんか気にして、一緒に子育てなんかできないですよ。法律によって信頼関係や助けあいの絆がますます希薄になって、結局、保育が形だけの「仕事」、サービス業になってしまう。

2歳児


──政府は保育を成長産業とみなしている、と書かれていましたよね。

 

 しかも、政府が目指しているのは子どもに対するサービスではなく、親に対するサービス、企業に対するサービスです。保育士不足がこれほど逼迫しているのに、もう40万人保育園で預かれと数値目標を掲げ、それを「安心して子どもを産み育てることができる環境の整備」、「みんなが子育てしやすい国へ」と言うのですからもう支離滅裂というか、論理が破綻しているのです。

 

 こうした厚労省の施策のキャッチフレーズに、ある2代目保育園理事長が顔をしかめて言いました。「安心して産み育てる、じゃなくて、気楽に子どもを産み育てることができる環境整備でしょう。気楽に産んでもいいんだけど、気楽に預けてもらっちゃ困るよね。それでは、子どもの立つ瀬がない。親が育たない」。

 

「子育てしやすい国づくり」=「保育園を増やすこと」とする考え方にいつの間にか社会が違和感を覚えなくなっている、そこがいちばん問題なのだと思います。

 

「日本再興戦略」という閣議決定があるんですが、その中で保育分野は「制度の設計次第で巨大な新市場として成長の原動力になり得る分野」、「良質で低コストのサービスを国民に効率的に提供できる大きな余地が残された分野」と書いてあります。
彼らの言う「国民」の中に幼児たちが含まれていないんですね。投票できない弱者の願いがまったく意識の中にないのです。(つづく)

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く①の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く➂の記事は、こちらから>>>

松居 和(まつい・かず)

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長

慶應義塾大学哲学科からカリフォルニア大学(UCLA)民族芸術科に編入、卒業。尺八奏者としてジョージ・ルーカス制作の作品やスピルバーグ監督の作品など50本以上のアメリカ映画に参加。アメリカにおける学校教育の危機、家庭崩壊の現状を報告したビデオ「今、アメリカで」を制作。帰国後は短期大学保育科講師、埼玉県教育委員委員長をつとめる。「先進国社会における家庭崩壊」「保育者の役割」に関する講演を保育・教育関係者、父母対象に行い、欧米の後を追う日本の状況に警鐘を鳴らしている。

 

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追記:神田神保町の三省堂本店で、保育の専門書に囲まれた「ママがいい!」を見つけました。象徴的で、健気な感じがします。こんな風に置いてくれた店員さん、ありがとうございます。読んでくれたのでしょうか。「ママがいい!」という言葉に惹かれて、ソッとこの場所に置いてくれたのでしょうか。書店の書棚から「「ママがいい!」が消えてしまわないように、拡散、推薦、よろしくお願いいたします。

ママ三省堂


この記事の作成者:良本和惠(よしもと・かずえ)
書籍編集者。1986年人文社会系の出版社で書籍編集者としてスタート。ビジネス系出版社で書籍部門編集長、雑誌系出版社で月刊誌副編集長をへて独立。2013年夫と共に株式会社グッドブックスを立ち上げる。趣味は草花や樹木を眺めること。