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blog | 2022.04.16

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く③保育者の資質

乳幼児とかかわる大人の資質

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長 松居 和(まつい・かず)

保育者1

「待機児童をなくせ」という風潮の中、保育士が不足し、保育の質の低下は幼児への虐待をも引き起こしているといいます。
今回は0、1、2歳という大切な時期に関わる大人の質についてお話しいただきました。

 

保育士はだれでもできる仕事ではない

 

 政府は、保育士不足の解消に向けて、保育資格を持っているが仕事をしていない80万人の潜在保育士を掘り起こせと言いました。

 この中にはもちろんいい人もいるでしょう。でも、実態は、実習をやって、これは私にはできないと諦めた人が大半です。そんなことさえ知らない人たちが政策を考えている。

 公立の園で、つまり公務員でよくない保育士を雇ってしまった場合、一度採用すると簡単に解雇はできません。
 児童館や他の部署に配置換えをして、これを俗に「埋める」と言うのですが、市長は「待機児童をなくせ」と役人たちに繰り返し言う。選挙のたびに宣伝カーで言い続けてきたのですから、資格を持っているなら保育園に配置しろ、掘り起こせ、と平気で言う。「一生埋めといてほしい保育士を掘り起こされたら現場はたまりません」という声をずいぶん聴きました。

 

 養成校にも問題があって、学生が入ってくる時点で、保育をやってはいけない人を落とせない。しかも、高校の進路指導が、さまざまな問題を抱える生徒に保育科への進学を勧める。子ども相手だったらできるでしょう? というのです。

 向いていない人たち、心の問題を抱えている学生が実習生として現場に回ってきているというのは、何年も前から言われていて、それが年々ひどくなっている。0、1、2歳児を担当する人には、他人の子どもの命にかかわるという自覚が必要です。だから、人間性に問題のある人は困るんです。

 

つみき

 

──人間性に問題のある人が乳幼児に与える影響は大きいと。

 

 いくら園長や主任が立派でも、預けられた子どもにとっては、その日どんな保育士に当たるかがすべてです。
 0歳児は1対3(保育士1人に子ども3人)と言いますが、子どもにとっては常に1対1です。それを考えると、いい保育士を雇えないことが子どもの発達にどれほど深刻な影響を及ぼすかということ。

 

 乳幼児期における特定の人間との愛着関係の大切さは、国連の子どもの権利条約にも「権利」として書かれています。

 発達心理学者の草分け的な存在であるエリクソンは、乳児期に「世界は信じることができるか?」という疑問に答えるのが母親であり、体験としての授乳があるという。
 そうだろうな、と思います。だから世界中で、聖母子像に祈りを捧げてきたんだと思います。

 神を抱く母親、その姿にすべての出発点がある。
 それが欠けることで将来起こりうる病理として、エリクソンは精神病、うつ病を指摘します。

 最近は、こんなことを言えば、また男女平等はどうなんだ、女性に子育てを押し付けるのか、と言われてしまうのですが、そんなパワーゲームの裏返しのような強者の論理が実際どれだけ弱者を苦しめているか。欧米の児童虐待や近親相姦の数字を見ればわかるはずです。

 

「女性の社会進出」の本当の意味

 

 女性の社会進出という言葉が使われるようになったあたりから、母親の役割と父親の役割は違う、ということさえ言いにくくなっていくわけです。
 ここで使われる社会進出は明らかに「経済競争への参加」であって、社会そのものではない。

   人間は生まれたときに社会の一員になるわけです。そして生まれて数年の間に大人たちの心を育て、心をまとめるという「社会」にとって大切な、代え難い役割を果たしていく。

 それを、子育てをしていたら社会の一員ではない、みたいな考え方がなぜ受け入れられるのか。お金で計れることだけが「社会」ではないのです。輪になって踊ることや、一緒に祝うこと、子どもを可愛がることの方が、よっぽど大切な「社会」なのです。

 

──言葉に惑わされているということですね。

 

 社会進出という言葉がすでに偽情報ですね。この言葉を使うたびに、経済競争への参加、と置き換えて使っていればすぐにわかります。競争になるべく多くの人々を巻き込んで儲けてやろうという一部の強者の意図が浮き彫りになってきます。

 そこらへんのことはすでにアダム・スミスが書いています。

 しかし、平等に「社会進出」しようとすることで格差はますます広がり、社会から人間性が失われていった。ますます不平等になっていく。米国でここ五十年くらいの間に起こったことを見れば明らかでしょう。彼らの言う「平等」は「機会の平等」であって、強者の免罪符に過ぎません。そこで生じる格差が、修復しようのない「分断」を生んでいる。

松居和さん写真

 

「一億総活躍」と児童虐待

 

 日本でも、「女性の就労率のM字型カーブ」が日本特有の差別や時代遅れの象徴のように扱われ、「一億総活躍」が叫ばれ始めたころから児童虐待は増え始めて、いま過去最高です。そして、保育所を疲弊させるいちばんの原因は、いま「親対応」なのです。

 本にも書きましたが、「子育てを女性に押し付けるんですか?」という質問をされることがあるのです。

 それが「子育てを男性に押し付け返しましょう」という方向に向かうのであれば素晴らしい。理にかなっています。男性にも、より確かな利他の幸せ、道筋を知ってもらいたい。
 しかし、その質問の先に、それでは経済が回らない。子育てを制度でやればいい、専門家に任せればいい、そうすれば男女平等に子育てから解放されるという意識があるから、困る。この意識が広がったら保育界が持ちません。

 保育は心でやるものです。自分たちがいることで、親が親らしさを失うとしたら、それこそ本末転倒になる。それを園長先生たちから言われたのが30年前です。当時すでに、ここに預けておけば大丈夫、と思われたら大変なことになる。ここに預けておいたほうがいいんだ、と思わせたらそれはもう保育ではない、と言い切る園長がいました。すでに園長たちは不安を抱えていました。

 そして、本当に、いよいよ大変なことになってきました。保育士不足を受けて、3人に1人は無資格でもいいということになりました。保育はパートでつないでもいいことになりました。その子がどういう一日を過ごしたか、親が知る必要はない。量を確保するためには、子どもの安全なんかどうでもいいと言っているようなものです。

 

こども

 

保育は飼育なのか

 

 以前、経済財政諮問会議の元座長が「0歳児は寝たきりなんだから」と園長たちに言ったことがあります。私の両側にいた園長先生の肩が怒りに震えていました。

 経済界のトップにいた経済学者が、保育を飼育くらいにしか考えていない。乳幼児たちの役割をまったく理解していないのです。

 乳幼児たちとの無言の会話、2歳児と手を繋いで歩いたり、眠っている我が子に歌いかけたりすることがどれほどいい人間を育てててきたか、利他という幸せの道筋に貢献してきたか、まったくわかっていないのです。

 そして、断言しますが、この高名な経済学者は、たぶん保育資格など簡単に取れる頭のいい人なのでしょう。でも、この人には20人の3歳児を8時間、心穏やかに世話することはできない。そういう「人柄」なんです。

 それはそれで構わない。人間社会は役割分担ですから、いわば全員が相対的発達障害です。それぞれ向き不向きがある。それでいいのです。だからこそ信頼関係や「絆」が必要になってきて、損得勘定を超えた助けあいに安心する、そういう仕掛けになっているのです。

 問題なのは、こういう、乳幼児の気持ちを汲み取れない人柄の人たちが、保育に関わる施策を決めてきたこと。そして、保育というのはとても新しい、社会全体の人間性を形作る、もろ刃の剣となる仕掛けだということ。

 

「子どもを抱っこするな、話しかけるな」と保育士に指導する園も登場

 

 保育室、特に乳児たちの部屋に大切なのは空気感です。温かさ、優しさ、つまり競争社会とは正反対のところにある空気感です。

 そこに人間性に問題のある、あきらかに保育士に向かない「よくない保育士」が1人いると、そのうちいい保育士が1人辞めていきます。よくない保育士が幼児を威圧する姿や、指示語の強さがいい保育士の心をチクリチクリと刺していって、ある日突然ベッドから起き上がれなくなる、そういうことが起きるのが0、1、2歳の部屋なんです。

 保育をビジネスとしか見ていないような保育園がどんどん出来ると、園長が保育士に、

「子どもを抱っこするな、話しかけるな。子どもが活き活きとすると、事故が起きる確率が高くなる」

 などと、とんでもない指導をするようになる。園長をそこまで追い込んだのは国です。そのあたりのことは本に詳しく書きました。

 それで事故が起きなかったとしても、そういう保育が、話しかけられたり抱っこされなかった幼児の脳の発達にどれだけ影響を及ぼすかということです。誰にもはっきりわからないことだからこそ、気をつけなければならないのです。

 WHO(世界保健機構)は、「人生最初の1000日間」がその時期に最も発達する人間の脳にとっていかに大切かを強調しています。

 ユニセフの『世界子ども白書2001』には、3歳までの親や家族との経験や対話が、のちの学校での成績、青年期や成人期の性格を左右すると指摘されています。

 フランスの議会は、30年ぐらい前に、「両親が共働きになったとして、子どもの発達は大丈夫なのか」と問題提起をしたとき、世界乳幼児精神保健学会は、「ビジネスの原理では子どもは育たない」と警告をしました。

 当然専門家も保育の現場も、幼児期の体験がのちのちどんな影響を及ぼすか分かっている。そして方法次第で、親たちが自分の選択として幼児たちと向き合う道筋、この国でだったらまだ可能なやり方がある。その方向で始めている人たちもいる。だから、なおさら乱暴な施策に腹が立つわけです。(つづく)

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く①反響 の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く②悲しき虐待 の記事は、こちらから>>>

松居 和(まつい・かず)

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長

慶應義塾大学哲学科からカリフォルニア大学(UCLA)民族芸術科に編入、卒業。尺八奏者としてジョージ・ルーカス制作の作品やスピルバーグ監督の作品など50本以上のアメリカ映画に参加。アメリカにおける学校教育の危機、家庭崩壊の現状を報告したビデオ「今、アメリカで」を制作。帰国後は短期大学保育科講師、埼玉県教育委員委員長をつとめる。「先進国社会における家庭崩壊」「保育者の役割」に関する講演を保育・教育関係者、父母対象に行い、欧米の後を追う日本の状況に警鐘を鳴らしている。

 

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この記事の作成者:良本和惠(よしもと・かずえ)
書籍編集者。1986年人文社会系の出版社で書籍編集者としてスタート。ビジネス系出版社で書籍部門編集長、雑誌系出版社で月刊誌副編集長をへて独立。2013年夫と共に株式会社グッドブックスを立ち上げる。趣味は草花や樹木を眺めること。