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blog | 2022.05.01

『ママがいい!』著者 松居和さんに聞く④欧米の悲劇・日本の奇跡

預けることに躊躇しない親たち

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長 松居 和(まつい・かず)

インタビュー4表紙

欧米の後を追うなと主張し続けてきた松居和さん。ところがここ10年で若い親の意識は変化しつつあると言います。今回は、保育政策のゆがみと、その犠牲者となっている役場の人々、手放してはいけない日本の奇跡などについて語っていただきました。 

 

「子どもが生まれたら保育園に預ける」

 

──本書の中で、子どもを0歳から預けることに躊躇しない親が増えてきたとありますね。

 

 先ほども(前回の記事でも)言いましたが、子どもが生まれたら保育園に預けるものだと思っている人がここ10年くらいの間に急に増えています。

 長年培われてきた人間の常識がこんなに早く変わっていくのには驚きます。授乳をスキップするということですからね。授乳には、ただ単に、栄養分を摂るということ以上に、肌を合わせるという意味合いがあったわけです。

 

 この変化が保育士不足の主な原因になっているのですが、長く保育に関わる部署で働いてきた子ども優先に考える役場の人たちが口を揃えて言うのです、「躊躇しないんです」と。それも、とても不安そうに。

 こういう話をしはじめて長いので、全国の役場に知り合いがいるんですね。この人たちから、いろんなことを教わりました。損得勘定抜きで状況を見ている人たちです。

 

──その人たちは、政府の母子分離策を実行に移す立場でもあるわけですね。

 

 そう。その人たちが、子どもと実際に向き合う現場の保育士たち、権利意識が強くなって、さまざまな不満を役場にぶつけてくる親たち、そして選挙第一の市長や、国の政策の間で板挟みになっています。

カウンター越しに、「それはあなたの責任でしょう。あなたの子どもでしょう」とよっぽど言いたい、でも、そんなこと言えるわけがない、と。

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保育課の熱血係長が四面楚歌に

 

 最近の保育施策を「ドロ舟」と言い切った女性の係長がいました。

 

──ドロ舟ですか。いつ沈むとも知れないほど危ういのが今の保育政策だと。


 もう沈みかけている、と言うニュアンスですね。彼女は、虐待が疑われる家の前に車を止めて張り込むような烈女でした。

 公立保育園の多い市で、いわゆる児相マター(児童相談所案件)が急増し、それにもう対応できないんです。限界を超えている。

 

 すると、保育園が児相と仮児童養護施設みたいな役割を押し付けられる。でも、保育士不足による質の低下が同時に起こっているので、どうしようもない。そんな仕組みの中にいる自分が辛いし、腹が立つんですね。怒っているか、泣いているか、そんな人でした。

 

 本人もシングルマザーで苦労してきた人でしたが、長時間預けることに躊躇しない親たちが、家庭崩壊、虐待へと進んでいく道筋が見えてしまうんです。

そこは、外国人の親も多い市で、みんな綺麗事ばかり言うんですが、予算もないし人材不足で、子どもが守れず、彼女は四面楚歌になっていました。 

 

 子どものために動こうとすれば、誰かから白い目で見られる、役場の中でも、なに一人でいいカッコしているんだよ、という感じなんですね。

 

──子どもたちを思うがゆえに取った行動に対して、冷や水を浴びせる人たちが役所の中にいる!? いたたまれないですね。

 

「できちゃった結婚」の幸福

 

 話が暗い方向にばかりいくので、もう一度言いますが、悪くなってきたとはいえ日本は世界で一番いい状況だとは思います。これはとても重要なことです。

 

 まだ半数弱の親が3歳までは自分で育て、それから幼稚園に入れて、という選択をしている。

 日本には「できちゃった結婚」という言葉がありますが、私はこの言葉を聞くと嬉しくなります。

 欧米では、できちゃっても結婚しないのが3割から6割ですからね。いったい欧米の男はどういうつもりなのか。責任を感じない以上に、これでは男たちが真っ当な人間に育たない。

 結婚しない欧米人の多くが事実婚で、みたいなことを言いますが、嘘ですね。 

 

 家族とか、親子といった血縁を重んじてきた日本に対して、人を縛る悪しき「風習」だなんて言って否定する人がいますが、それは理屈であって、簡単に言えば、人間が自分勝手になっている。それだけだと思うんですね。

親子

 

4人に1人が捨てられるアメリカの里子

 

 「豊かさ」、というのは危ないんですね。

 インドの貧しい農村での人々の生活を見ていると、信心も含めて、絆と信頼に守られ、お互いを頼りに暮らしてきた人間たちの確かな営みが見えてきます。

 人間は、進化の歴史の99.99%を貧しさの中で過ごしてきたので、そうした状況で幸せになるのが上手です。遺伝子が、そのようにできている。

 生態人類学的にも、血糖値を上げるホルモンは20種類あるけれども、下げるホルモンはインシュリンしかない。だから、「豊かさ」に弱い生き物なんです、と誰かが以前教えてくれました。

 なるほどな、精神的にもそれが言えるのだな、とその時思いました。

 豊かさが人間性という道筋を「精神的貧しさ」のほうへ導いていく。その典型が巨大に膨れ上がった里親制度でしょうか。日本ではまだまだ初期段階ですが、欧米、特にアメリカでは市場原理に頼らざるを得なくなった福祉の成れの果て、と言ってもいい。

 里子の4人に1人が再び捨てられます。

 

 合法的にネット上に写真を載せてペットのように交換もできる。「捨てられる養子たち」というフランスのテレビ局がつくったドキュメンタリー番組があって、NHKのBSでも放映されましたが、日本で起こり始めていることも含めて、「ママがいい!」に少し詳しく書きました。

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 もちろん、幸せになる養子縁組もたくさんあるのですよ。どんな国でも、どんな社会でも必要な制度でもあるのです。

でも、こうした仕組みは社会全体のモラルや秩序をかなり直接的に反映する。言い換えれば、家庭崩壊に因るモラル・秩序の崩壊が、こうした仕組みをとんでもないものにする。

 

 血の繋がり、といった非論理的に思える、それでも遺伝子というようなレベルでとても大切な先入観念が、市場原理や学問によって否定されて、人間社会はここまで行くんだ、という現実に、怖くなりますよ。

 貧困、虐待、家庭崩壊とその修復、そうしたさまざまな体験が、小学校の教室で、子どもたちによってシェアされていくんです。「大人たちの身勝手な常識が、子どもによって普通に語られ、新たな前提として広まっていくんですね。それが、義務教育のアナザーストーリーですね。

 

──日本でいずれ起きるであろうことを松居さんはアメリカの社会で見てこられた。

 

 アメリカの首都ワシントンDCでは、小学生の半数以上が、家庭に大人の男性がいない。実の父親どころではない、アメリカ風に言うと「父親像となり得る男性」がいない子のほうが多いんです。

 父親像を持たない子どもは5、6歳からギャング化するなんていう研究発表があって、小学校を使って父親像を教えようというプログラムを市が始めたのが25年前。

 

──小学校の授業で、父親とはこういうものですよと教えるわけですか?

 

「プロジェクト2000」というのですが、大人の男性と出会う機会を学校で用意しようというんです。最初の数年は、経済的に成功した男性と教室で出会わせていたのですが、それはおかしいと言うことになり、しっかり生きている男性、消防士さんとか、も含めることになったんです。

 でも、教育や仕組みでは絶対に補えないんです。この手のことは。

 肌と肌のコミュニケーションがなければ伝わらない。その後の格差の広がりと社会の分裂を見ればわかると思いますが、犯罪者の増加にはまったく歯止めがかかっていないんです。

 

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政治家たちの無知

 

 民主党(日本の)が政権をとったとき、ある保育団体が、私をパネリストに呼んで保育関連の議員にぶつける会があったんです、私学会館で。

 当時、幼稚園に預けている親のほうが保育園に預けている親より多いことを、保育施策に関わる議員たちが知らなかった。幼稚園がない自治体が2割あるにもかかわらず、ですよ。

 

 埼玉県では7割以上が幼稚園を卒園していたのですから、幼児期を一緒に過ごそうとする親は土壌として多いんです、この国は。つい15年前のことです。

 保育園を整備して、よりたくさん子どもを預かることを誰もが望んでいる、と思っていた議員たちは、家庭崩壊が完全に一巡してしまった欧米先進国に比べて、日本人はまだまだ奇跡的に「子育て」が好きなんだということを知らなかった。

そして、「待機児童をなくします。住み良い街をつくります」と選挙の度に宣伝カーのスピーカーで叫び続けていた。自己催眠のようなものですかね、本気で保育園をたくさん作ることがいいことだ、と思っているんです。

 

 当時から、野党も与党も少子化対策として「待機児童をなくします」と言っていた。保育園での0歳児1歳児からの長時間預かりを進めていたんですよ。「子ども・子育て新システム」が、三党合意で「子ども・子育て支援新制度」と名前を変えて受け継がれていった。

 

政府が加速させた「少子化」

 

 その結果、ますます少子化は加速したんです。

 これだけ「子育ては損な役割」みたいな宣伝をしたら、そうなりますよ。

 にもかかわらず、少子化によって日本の経済が悪くなっていくことこそが国家的な危機なのだ、と今になって言うんです。政府が加速させた少子化は、もう止まりませんよ。いくら対応策を考えても、最近の度重なる規制緩和を見ていると、政治家と学者がこの国の首を絞めているようなものです。

 子どもが減ろうと、経済が悪くなろうと、まず乳幼児の願いを想像する、という原点に立ち戻るしかないんです。

 

 待機児童の主体は0、1、2歳です。

その子たちは、保育園に入りたいなぁ、入りたいなぁ、と順番を待ってはいないんです。「ママがいい!」と叫ぶんです。

私はそういう議員に、4月、国じゅうで起こっている慣らし保育のときの叫び声「ママがいい!」を聞け、と言いたかった。

 

 赤ん坊の可愛い写真をポスターに載せて、この人たちの声を聴く、それは保育園をたくさん作るということらしいのですが、福祉を充実させます、と、まるで良いことのように言うんですよ、政治家は。いったい、どうしちゃったんですかね。

 

 いや、それよりも何よりも、そうじゃないだろ、それは変だろ、と、ポスターを見て思う人たちが少なくなってしまったのでしょうね。卵が先か、ニワトリが先か、みたいな話ですね。

(つづく)

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く①反響 の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く②悲しき虐待 の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く➂保育者の資質の記事は、こちらから>>>

松居 和(まつい・かず)

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長

慶應義塾大学哲学科からカリフォルニア大学(UCLA)民族芸術科に編入、卒業。尺八奏者としてジョージ・ルーカス制作の作品やスピルバーグ監督の作品など50本以上のアメリカ映画に参加。アメリカにおける学校教育の危機、家庭崩壊の現状を報告したビデオ「今、アメリカで」を制作。帰国後は短期大学保育科講師、埼玉県教育委員委員長をつとめる。「先進国社会における家庭崩壊」「保育者の役割」に関する講演を保育・教育関係者、父母対象に行い、欧米の後を追う日本の状況に警鐘を鳴らしている。

 

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この記事の作成者:良本和惠(よしもと・かずえ)
書籍編集者。1986年人文社会系の出版社で書籍編集者としてスタート。ビジネス系出版社で書籍部門編集長、雑誌系出版社で月刊誌副編集長をへて独立。2013年夫と共に株式会社グッドブックスを立ち上げる。趣味は草花や樹木を眺めること。