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blog | 2022.05.29

『ママがいい!』著者 松居和さんに聞く➄子育ての主体

子への無関心が人類・社会へ及ぼすもの

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長 松居 和(まつい・かず)

ママがいい5-1

松居和さんへのインタビュー記事も5回目。今回は主に、保育の施策によって親の我が子への関心が薄れることの影響についてお話しいただきました。

 

現場の感覚と施策との乖離

 

──松居さんは講演会に呼ばれる機会が多いようですね。

 

 子ども・子育て支援新制度が始まった年は、全国で100回以上講演に呼ばれました。

 保育士会の勉強会では、子ども優先の物語をもう一度聴いておきたい、保育の原点の再確認ということもあるのですが、異動してきた新しい課長に現状を知らせるのが私の役割だったりするんです。

 

──新しい課長に現場の現状を知らせる。面白い役回りですね。

 

 講演の前に課長が挨拶に来ます。

 そこでまず、「今度の新制度、絶対にできるわけがない、ということはわかりますよね」と訊くんです。

 課長は一瞬びっくりして、

「でも、国のやっていることだからそんなことはないと思っていたのですが、どうやればできるんだろうか、仕組みとして成り立つんだろうか、と不思議だったんです」と言う。

 

 こういう素直で正直な人だから、園長たちも私と会わせたのだと思います。園長たちは、私の周りに立って、必死に頷くんです。その人たちの人柄を見れば、誰がいちばん子どもたちの側にいるかは一目瞭然ですから、課長も真剣に聴いていました。

 

──現場の感覚と国の施策に大きなズレが生じている。

 

 そのあとの講演会で、みなの心が一つになるんです。指針が定まると有意義な集まりになる。そこに福祉部長や教育長とか、場合によっては市長がいたりすると話は本当に早いんです。

 

 でも、そんな市単位で取り組めば持ちこたえられた状況も、保育者は3分の1が無資格でいい、パートで繋いでもいい、11時間保育を標準とする、という国の矢継ぎ早な施策によって、どんどん崩されている。いい方向に進んでいても、住民が変な市長を選んだら、一巻の終わり。元の木阿弥です。

 民主主義というのはそんなものだ、と言えばそうなんですけど、がっかりしますね。

 

ママがいい5トップ写真

 

右も左もどっちでもない

 

 ある市議会で市議全員に講演する機会があったんです。

 

 私を呼んだのは県連の講演会で私の話を聞いた自民党の女性議員だったのですが、最前列に革新系の女性議員が2人並んで、メモ用紙を片手に、問題発言があったら許さないぞ、という感じで座っていました。

 

 しばらくして、その議員たちがメモ用紙を置いて真剣に聞き始めたのです。
 ああ、よかった、と思いながら一生懸命話しました。

 

 講演の終わりに、質問がありますか? と聞くと、
 最前列の女性議員が手をあげて、


「最初、聴きながら、この人は右なのか左なのか、必死に考えていたんです。でも、そのうちに、どっちでもないんだ、とわかりました。この問題では一緒に考えられますね」

と言って、私を呼んだ女性議員の方を見たんです。その人も嬉しそうでした。

 なんでも右だとか左だとか、最近できたイデオロギーの闘いのレベルで考えているから可笑しなことになるんです。私は、縄文時代の話をしているんです。(笑)

 

ママがいい5-2

 

専門家に任せたらいいと思わせてはならない

 

「日本の親は子どもに関心があり過ぎ」なんて馬鹿なことを言う学者がいますが、余計なお世話です。

 

 子育ては親の趣味と都合でやるもの。

 関心さえあれば、それが少々ひん曲がっていても、通常の30倍くらいあっても、それはその親子の運命。子を思う親の心はすべて尊い、そのくらい心しておかないと、子育てに正解があるなんてことを言う専門家の仲間入りをしてしまいます。

 

 専門家に任せたほうがいいんだ、と親たちが思い始めたら大変なことになる。

 1対20(保育士1人に20人の子ども)、とか1対30という仕組みに、子育ては受けきれません。

 

──幼児の段階で、20人に1人の先生とか、30人に1人の先生とかには正直びっくりします。

 

 多くの子どもたちが園での生活を楽しみますから、一見、それでいいように思えます。

 が、少しずつ何かが崩れている。こぼれる親子が出てきている。「子育ては専門家に任せおけばいいのよ」と以前、厚労大臣が言ってしまったのです。

 

 その傾向がすでに広がっていて、それが学級崩壊や不登校という現象に出てきているわけです。

 主体は親ですよ、というところは絶対に譲ってはいけない。

 

 繰り返し、園はそれを親に言い聞かせなければ、もう保育とは言えない。仕組みとしての保育園が自分で自分の首を絞めてしまう。そんな時代になってきているのです。

 

──保育の目的は、あくまでも家庭での育児に欠ける状況を補うことですからね。

 

ママがいい5-3

 

関心さえあれば良い方向へ向かう

 

 親の関心はすべて尊い、これは、親鸞聖人が「南無阿弥陀仏に貴賎なし」と言ったことと同じです。

 

 親の子どもに対する関心に貴賎はないんだ、すべて同様に尊いんだ

 そんな風に私は決めています。

 私は親鸞聖人とガンジーが好きなんです。アヒンサー(非暴力)の働きは、幼児の存在意義、弱者が強者の善性を掘り起こすというのと重なるからです。

 

 もちろん、虐待につながるような関心は止めなければいけないですよ。園に入ってきたのですから、園長が自分の趣味と都合を親に押し付ける、それだってまあ普通でしょう。会社に入ったり、部活に参加すれば、そのくらいのことはいくらでもありますから。

 そういう個性的な園長は、だいたい子どもが好きなんです。

 

 ただ、どんな保育をしようとも、一番大切なのは、親たちの関心を子どもに引きつけておくこと、と私は思っています。

 

 ですから、親の関心をなるべく批判してはいけないし、自分たちのほうが専門家なんだという顔にも気をつけなくちゃいけない。親が子どもを思う気持ちは、すべて尊い、ということを忘れてはいけない。モンスターペアレンツなんて言われる親も、ちょっと道筋が変われば素晴らしい親ですからね。

 

 マザーテレサが、「愛の反対側にあるのは憎しみではない、無関心です」と言いましたが、この無関心が人類に致命的なんですね。関心さえあれば、必ず育て合う、育ち合う、いい方向に向かう、そんな風に信じるといいのです。

 

 アメリカで高卒の2割が社会で通用するだけの読み書きができない、義務養育であるはずの高校を25%が卒業しない、父親の3割が生まれた時からいない、そんな数字を足すと、半数近くの親が子どもに関心がない、という風景が見えてくる。以前はあり得なかったことです。

 

 まず父親が逃げますね。

 男たちに、優しさや忍耐力が育たないということです。その国で犯罪率とDV、そして近親相姦がどうなっているのか。

 

 子どもに対する親たちの「関心」をどう繋ぎ止めるか、それしかないと思いますね。(つづく)

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『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く①反響 の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く②悲しき虐待 の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く➂保育者の資質の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く④欧米の悲劇・日本の奇跡の記事は、こちらから>>>

松居 和(まつい・かず)

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長

慶應義塾大学哲学科からカリフォルニア大学(UCLA)民族芸術科に編入、卒業。尺八奏者としてジョージ・ルーカス制作の作品やスピルバーグ監督の作品など50本以上のアメリカ映画に参加。アメリカにおける学校教育の危機、家庭崩壊の現状を報告したビデオ「今、アメリカで」を制作。帰国後は短期大学保育科講師、埼玉県教育委員委員長をつとめる。「先進国社会における家庭崩壊」「保育者の役割」に関する講演を保育・教育関係者、父母対象に行い、欧米の後を追う日本の状況に警鐘を鳴らしている。

 

 

 

 

 


この記事の作成者:良本和惠(よしもと・かずえ)
書籍編集者。1986年人文社会系の出版社で書籍編集者としてスタート。ビジネス系出版社で書籍部門編集長、雑誌系出版社で月刊誌副編集長をへて独立。2013年夫と共に株式会社グッドブックスを立ち上げる。趣味は草花や樹木を眺めること。