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blog | 2022.06.12

『ママがいい!』著者 松居和さんに聞く⑥もの言わぬ弱者

だれも言わない「赤ん坊が親と過ごす権利」

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長 松居 和(まつい・かず)

インタビュー6ブランコ

政府の政策によって保育がサービス産業となり、そこで生じてしまった悲しい現実について、これまで述べていただきましたが、シリーズ第6回は、まったく無視されてきた乳幼児側の権利についてのお話です。

 

お泊まり保育で見せる幸せそうな父母

 

 日本では、児童虐待の数が過去最多になっている今、幼稚園の行事に参加する父親も昔に比べて増えています。保育園でも両親ともに参加の「お泊まり保育」をやっているところがありますからね。しかもほとんど参加します。

 

──この時代に両親を参加させる、しかもお泊まり保育。すごいことですね。

 

 こういうことをやってのける園長は、そりゃ、もう、すごい園長です。地ベタの番人のような人です。

 そういう人が本気で言えば結構通じるし、子どもを持っている親は分かるんです。

 

 ほかの親たちも毎年参加している、その景色を見るだけで、ずいぶん説得力になります。

 

 人間は、お互いの行動に影響されるんです。しかも、参加している人たちが幸せそうなんですから。

──幸せそうに見える。そこに希望を感じます。

 

 乳児から預ける親が増えてはいる一方で、みんな何か変だな、と思っている。幸せになる方法を探しているのです。育休の広がりと、働き方改革で導けば、いい方に向かうかもしれない。

 

 潮の変わり目、と言ったらいいのかな、意識のせめぎ合いが起こっている気がしますね。だからこそ、この本を、このタイトルで出しておかなければ、と思ったのです。

 

「ママがいい!」という言葉を“喜び”とするか、“苦しみ”“責め言葉”と受け取るか、ということですね。その2つの受け止めが同一のものである、ということに関して、後(先の回)で詳しく言いますね。

 

インタビュー6親子

 

人間が何千年もやってきた親子の風景から考える

 

 途上国の、貧しいけれど決して不幸には見えない村の風景を数カ月眺めていたことがあります。

 全部合わせると1年くらいになるのかな。初めてそうした村で数カ月暮らしたのが20歳の時ですから、原風景になっているんですね。

 

 今でも、その風景の中に相談に行くんです、意識の中で、ですが。

 

──そこはどんな風景なんですか?

 

 アフガニスタンやイランにもいましたが、主にインドでした。

 そこで見た、人間が何千年もやってきたと思われる風景の中で、1歳にならない自分の子どもを知らない人に手渡す、ということは通常起こり得ない。

 

 少なくとも母親は非常に躊躇し、抵抗する、というのがわかるんですね。

 その風景を肌で覚えてしまった私には、人間の本能としては越えられない一線を、義務教育や、福祉政策としての保育が越えさせているのが見えるんですね。

 

インタビュー6赤ちゃん2

 

乳児を預けることは親の権利なのか

 

 いちばん困るのは、親たちの「自分はサービスを受ける側だ」という感覚ですかね。

 権利意識といってもいい。

 

 それで、こういう感覚の出所はどこにあるのか、いろいろ考えるんです。

 すると、赤ん坊が親と過ごす権利、つまり弱者の権利が後回しにされている、忘れられているのがわかる。

 

 政府が長年、「安心して子どもを育てられる環境を作り」と言って「0歳から預ける仕組み」を増やし、母子分離を「権利」「サービス」として呼びかけてきたのですから無理もないのですが、乳児を預けることにこの「権利意識」が入ってくると非常に違和感があるんです。

 

 繰り返しますが、そういう親がいてもダーウィンの法則の一部だと思います。ただ、そういう親がある一定の割合を超えると、保育崩壊や学級崩壊が止められなくなりますよ、それだけはすでに確かなのですからね、と念を押しているんです。

 

 むかしは、「0歳は預かってはならない」と思っていて、本当に預けてもいいのかと親を説得しようとする園長がいました。特に、経営や利益とは無縁だった公立の保育園ではそうでした。

 

 でも、今どきそれを言ったら、親が役場に駆け込んで、何でそんなことを言われなければならないんだ、と騒ぎになるかもしれない。

 

 権利という言葉は怖いですね。知らないうちに「利権(りけん)」にすり替わっているんです。

 

インタビュー6赤ちゃん

 

0歳児を預からなければ経営が成り立たない現場のジレンマ

 

 私立の園は、0歳を預からなければ経営が成り立たない。

 これは宇宙の法則でもなんでもないんですよ。政府の策略なんです。

 

──そう仕向けられてきた。

 

 頑張れば成り立ちますけれど、しわ寄せが来る。特にベテラン保育士を混ぜて揃えようとしたり、子どもの荒れ具合によって配置を手厚くしようとしたら、そうなります。

 

 矛盾ですね。0歳児の願いとか、親子の将来を考えればやってはいけないことをしないと、保育の質を保てない。

 

 小規模で経営が自転車操業になってくると、「土曜日もみててあげるから、夫婦で遊びに行ってらっしゃい」と平気で親に言うサービス業のような園さえ現れます。

 保育所保育指針に照らし合わせれば、こういう人は保育に関わる資格はないはず。「保育は成長産業」と閣議決定した政府の思う壺になっているんです。

 

 私の考え方に共鳴してくれる保育園でも、今ではほとんどが0歳児を預かっていますから、それはものすごいジレンマなんです。いい園長ほど精神的に追い込まれていく。保育界から「良心」が消えていく。そのあたりがいちばん危ないんです。

 

 養成校で保育士は育ちません。保育士を育ててきたのは「現場」ですからね。

 

 子ども6人を1人で受け持って子どもたちの望み通り「抱っこ」しようとしたら保育士が腰を痛めてしまいます、というベテラン保育士の指摘もまったくその通りで、普通に保育をしていても、子どもたちのニーズと、親たちのニーズに同時に応えることはできない。それが国基準の現実なんです。

 

 子どもが「抱っこ」される時間が、家庭で育っていた時に比べて極端に減っていった。

 そのあたりの無理なカラクリがそろそろ認識されないと、学校教育における手の掛かる子の増加に歯止めが掛からなくなる。簡単に言えば、教師たちが現場に愛想をつかし辞めていく。

 

──そのあたりのことは『ママがいい!』に書かれていますね。(つづく)

 

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『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く①反響 の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く②悲しき虐待 の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く➂保育者の資質の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く④欧米の悲劇・日本の奇跡の記事は、こちらから>>>

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く➄子育ての主体 の記事は、こちらから>>>

松居 和(まつい・かず)

音楽家・作家・元埼玉県教育委員長

慶應義塾大学哲学科からカリフォルニア大学(UCLA)民族芸術科に編入、卒業。尺八奏者としてジョージ・ルーカス制作の作品やスピルバーグ監督の作品など50本以上のアメリカ映画に参加。アメリカにおける学校教育の危機、家庭崩壊の現状を報告したビデオ「今、アメリカで」を制作。帰国後は短期大学保育科講師、埼玉県教育委員委員長をつとめる。「先進国社会における家庭崩壊」「保育者の役割」に関する講演を保育・教育関係者、父母対象に行い、欧米の後を追う日本の状況に警鐘を鳴らしている。

 

 

 


この記事の作成者:良本和惠(よしもと・かずえ)
書籍編集者。1986年人文社会系の出版社で書籍編集者としてスタート。ビジネス系出版社で書籍部門編集長、雑誌系出版社で月刊誌副編集長をへて独立。2013年夫と共に株式会社グッドブックスを立ち上げる。趣味は草花や樹木を眺めること。